Description
1階は私的研究スペース、2・3階を居住スペースとする戸建住宅です。定年後の新居を検討されていたクライアントがホームページで「重ねの家」をご覧になり、「自邸にも直角ではない空間を・・・」というリクエストからプロジェクトがスタートし、土地探しからご一緒して、猿島台地の南西の市街化区域のエッジともなる斜面緑地公園、道路沿いには桜が並木となり、藤棚、椿、紅葉その他多様な木の間から10mほど下の田んぼの水面の煌めきがみえる・・・そんな情景を真西に望む敷地に出会いました。
<配置>
半世紀前に宅地整備されたごく一般的な住宅の並びに、研究スペースをいかに正体不明の危険な異物と感じさせないように着地させるか、またこれまでひと区画だけ農地として存り続けた街区の小さなボイドに新たに建つ建築がもたらす隣家への圧迫感をいかに最小に留めるかに留意し、閉鎖的なボリュームを内包しつつも前面道路から長辺(東西)軸の敷地奥行きの見通せる開放的な構えとし、隣地境界三辺とは近接する壁面を極力小さくあるいは遠ざけることを心掛けました。
一方、前面道路側は南端コーナーを鋭角かつ光や風を透かすことで南側隣地から北側隣地まで前庭を分断することなく連続させ、斜に後退するファサード面を南北軸にそろえることによって最も効率よく日影を小さくしつつ敷地の間口以上に長い公園との接触面を獲得しています。
南北軸と南東長辺隣地境界軸とは58度弱、平行や直交とは異なる均衡を崩すきっかけの角度としてこの2軸が拠り所となりました。
<立体構成>
研究行為が多少なりとももたらす可能性のある近隣への負荷を小さくすることと並行して、居住空間への温熱環境負荷を抑えつつ、西側緑地公園の眺望をいかに取り込み楽しむかも課題でした。コンクリート躯体の研究エリアを木架構で包んで緩衝帯を構成するイメージからスタートし、最終的には1,2階のRC造の上部や南西面など日射負荷の大きい部位を木架構の屋根や木製格子戸で覆い、2階に温熱的に安定した核となるスペースをキープしつつ季節や時刻に応じて心地よい景色、光、風などを選びながら階を使い分け、移動を楽しんでいただくこととしました。
コンクリート部は板状の形態要素として扱うことで、ズレや抜けを確保し外観上の塊感を緩和すると共に、部位によって生じる蓄熱量の差が小さな空気の動きの起点となることを期待しています。
3階床スラブと2階テラスのRC腰壁の間に嵌めた網戸入り木製格子戸は、特に西面の蔀戸的に横軸回転で跳ね出す動作により、固定的になりがちな建築の輪郭に外観上の変化をもたらすだけでなく、日射しや風や視線、虫などの制御に関り、居住空間に隣接する半外空間を伸縮させる装置でもあります。2階テラスは床面も木格子とすることで機能的には断絶せざるを得なかった1‐2階間を半外の空気の流れで繋げる役割も担っています。
3層目は上に行くに従い公園の樹々の梢越しに視界が開ける感覚を楽しむ為に3階床スラブを界面としてとらえ、架構や仕上げ素材を上下階で切り替えました。
周囲の2階建て住宅と肩を並べるコンパクトなボリュームに抑えつつ、壁兼屋根となる2面を相持ちとさせ、棟を支える柱を省略することで、螺旋階段を昇るに従って広がる緑地公園への眺望を室内の一番奥から障害物なしで望むことを実現させています。対称性が強く求心性ももたらしやすい屋根架構ですが、日射しや風、北側斜線をいなす軒先形状や床仕上げの違いと呼応させて、敢えて非対称形に崩し骨格が空間規定の上位になりすぎないようにしました。
<平面/鋭角・鈍角>
1階の研究エリアは閉鎖系と開放系に二分し、将来的には開放性の高い方はギャラリー、コンサバトリーあるいは地域開放施設へ、閉鎖系はオーディオルームなどへの転用も想定しています。
居住スペースとなる2階はエレベーターシャフトや収納など生活を支える装置にデコボコと輪郭を乱されつつ、実際には見通せない大きな三角の輪郭や緑地公園までの奥行きを知覚することで、またテラスの角が鋭角であるが故に両側から外部空間に囲まれる感覚が生じ、公園に接する環境をより広く感知し堪能できる場が獲得できたように思います。
太陽の移動や格子戸の操作、風にそよぐ木々、さらには三角錐形状のタイル壁面など室内には複雑な光の直射、反射の様相や、壁が並行ではないことによりわずかな移動が均衡を破り変化をもたらすきっかけとなり、人と人あるいは環境との距離感を自ずと意識する場となっています。
3階の円形テラスは西側緑地公園の木々やその上空に正対しつつ、公園方向だけでなく周囲の2階建ての家並み越しに北側の筑波山方向の遠景の眺望へいざなうことも意識した形状です。
元々畳仕上げが希望されていた寝台には、平面だけでなく相持ちの屋根架構など様々なスケールで様々なベクトルが共存する中で、琉球畳の直交軸がそれらの重みづけを拘束してしまうことを避けるため、ボロノイパターンの畳を採用。複数の角度を調和させるだけでなく、イグサという単一素材ながら畳の目の角度と日射しの角度の組み合わせにより多彩に色合いが変化する様は、この建築全体の主旨ともよく合致しました。
建築を構成する角度を持つ線や面が、人と人、人と景色や環境との間でどのようなベクトルとして働きかけるか、直角以外の角度からどういう人の振る舞いが発せられるかを意識しながらの設計でした。
©2021 Chika Kijima